再会

どこか懐かしい風を感じて、振り向いた。
初めての土地、初めての風。適当な場所にテントを張り、わずかな荷物を整理するとさっそく暇を持て余すことになった。
――この土地では、国民全員が王宮に関わる勤務があるらしい。
商売をしている者、農業をしている者、特になにもしていない者全てが王宮の補修や、国内の施設での労働、他国への攻撃で一定の報酬が貰えるという話だった。
しばらくは、特に傭兵家業を休んで地道に勤務してみるのも良いかもしれない。

――まずは王宮へと行ってみよう。

ロストグラウンドと呼ばれる大陸の北西部の島を治める、魔族の国・ナイトメア。
どこか幼い感じのするヴァンパイアの女王を筆頭に、多数の魔族や異種族が住む場所だ。

国内でもあまり住居のない場所を選んだのは、ゆっくりと空を眺めることを望んだからだった。
テントからそう離れていない場所に海があり、心地良い潮風を運んでくる。海が近いせいか、時折強い風が吹くので飛ぶにはあまり適していないかもしれない。
それでも、風が穏やかな日は海沿いの空中散歩をするのも良いだろう。

道を覚えるため、ゆっくりと歩いて王宮へ向かう。
生まれてからずっと背中にあった羽根は、地上では邪魔になるばかりで左の二の腕にはめた呪具で仕舞っている。どういう仕組みになっているのか、自分ではまったく分からないのだが呪具の金具の位置を少しばかり変えれば、背中の羽根が戻るようになっている。
この呪具は、いつの間にか巻き込まれたトラブルの侘びにと、ある女性から貰ったものだった。

王宮に着いて、会議室に挨拶の張り紙を貼る。
いくつか部屋を覗いてから、いったんテントへ戻ることにした。

ふと、懐かしい気配を感じた気がして視線を上げる。
何故だか無性に海の向こうが気になってくる。
――特にやることもないし、気が向くまま行ってみるのも面白そうだ。
腕の呪具に指を伸ばして、僅かに金具の位置を調整する。
カチリ、と小さな金属音と共に、背中には馴染んだ羽根の重みを感じた。
二、三度軽く羽ばたかせてから強く地面を蹴った。
一瞬の浮遊感。
風に乗るまで何度か大きく羽根を動かす。しばらく仕舞っていた羽根は、風を受けて心地良い。
いくら地上で邪魔だからといっても、動かさないままでは気持ちが悪いものなのだと思い出す。
やはり生まれ持った種族の血なのか、空を飛ぶことは嫌いではない。ただ、それよりもしっかりと大地を踏み締め走ることが好きなのだ。

しばらく飛ぶと、海を越えて大きな大陸部が見えてくる。何かに呼ばれるように、大陸上空を進んだ。

――そろそろ休むか。
久しぶりに飛ぶ、長距離は思った以上に疲れるものだった。

――いくつか集落があるようだ。
「あそこにしよう」
いくつかテントが並んでいる中に降りる。懐を探って、大まかに国だけ記された地図に目を通せば、ここは「月光の里」という人間種中心の国らしかった。

――さて。どこかの家で水でも貰おうかな?
そう思い、テントの前に出された看板を見てみる。いきなり女性のテントを訪ねるわけにもいかないだろう。できれば同性の方が声をかけやすい。
いくつか名前で性別を判断しながら、ふと目を止めたのは「三つ眼」と書かれた看板だった。どうやら花も売っているらしい。以前に会ったことのある年下の少年のような者を思い出した。
好奇心に駆られて、そのテントに声をかけることにした。
看板から一歩、内側に入れば住居者の名前が書かれている。

どうやら、中に人は居ないようだ。 ――名前は「闇莉」………闇莉!?

思わず声に出ていたのだろう。

「誰だ?」

テントの中から、冷たい声が聴こえた。変声期前の少年か、それとも少女の声かと思われる高い声だ。

「あれ…。ヒュー…か?」

冷たかった声音が、きょとんと間の抜けた声に変わった。俺よりも頭一つ分ほど低く、少女と見まごうほど華奢な身体。青みがかった黒髪に青い瞳。そして額に第3の瞳。三つの瞳が驚きに軽く見開かれている。
「ああ、闇莉。やっぱりおまえさんだったんだなあ」
俺も驚いてはいるのだが、いつもと変わらない抑揚で相手の名を呼んだ。
どうやら好奇心に負けて訪ねたテントの主は、興味の元になった昔馴染み本人だったらしい。

「なんでヒューがココに居んの?」
「なんでって…。つい昨晩にこっちの大陸に着いたんだよ。それで、ちょっと散策してたんだ」
「へえ。で、どこの国?」
「ナイトメア」

最後に別れてから、どのくらいだろう。
特に再開を約束したわけでも、長く共に居たわけでもないけれど、2〜3日ぶりの再会のように気楽に言葉が交わされる。
何故だかそれが嬉しいことだと感じた。

「げっ。ナイトメアから飛んできたのか?けっこう距離あるだろ」
「そうだっけ?」

嫌そうな顔をする闇莉に笑って答えると、相変わらずだなと言いたげなジト目に睨まれた。
「お茶くらい出すよ。中に入れば?」
「そうさせてもらうよ」
ため息をつきながらもテントの中に誘われた。ありがたくお茶を貰いに中に入る。

「闇莉、こっちは長いのか?」
「んー…そうでもないけど。ま、簡単に案内出来るくらいには居るかな」

他愛もない会話をして、ゆっくりとお茶を飲む。
お茶の入ったカップが空になってから、俺は立ち上がった。

「さんきゅ。俺、そろそろ戻るな」
「ヒューはナイトメアの何処に居るんだ?」
「ガイト4−10だったかな。しばらくはこっちで、のんびりするつもりだよ」
「了解。んじゃ、今度そっち行った時にでも覗いてみる」
「おう」

笑いながら手を振り、闇莉のテントから離れる。
来た時と同じように羽根を羽ばたかせて、月光の里を後にした。

――こいつが居るなら、退屈はしないだろう。
そう思うと自然と笑みが浮かぶ。
予定よりもゆっくりするのもいいかもしれない。
きっと、何か…新しい何かが見つかりそうな気がした。

来たときよりも羽根が軽く感じるのは、楽しいことが起こると確信しているからだろう。

きっとなにかが見つかる気がする。

その中に、自分だけのものが…自分の中で唯一つのものがあればいい。